<ロッキーズ9−10マリナーズ>
シアトル・マリナーズの佐々木主浩投手が、9本塁打が乱れ飛ぶ乱戦をピシャリと締めくくった。二転三転する試合展開だったが、マ軍が1点を勝ち越した直後の9回裏に登板。2死から1安打を許したが、無失点に封じて、日本人メジャー通算1000試合目の記念マウンドで、独走の25セーブ目を挙げた。
標高1600メートルの厳しい条件を、体は察していた。右中間のブルペンから、いつものように走ってマウンドへ向かった佐々木は、投球練習を始めた瞬間、普段と息遣いが違うことに気付いた。「あれっ?少しハアハアしてる」。空気が薄いため、打球がよく飛ぶといわれるクアーズフィールド。実際、この日は両チーム合わせて9本の本塁打が飛び交う大乱打戦だった。しかも1点差で1球のミスも許されない状況。いつもよりしっかりと胸のお守りを握り締め息を整えた。
初めて体験する高地のマウンド。戸惑いはあった。生命線のフォークボールの落差が、平地とは違う。「高めから落ちないんです。だから(低めに)抑えて投げないといけなかった」。2死後に安打を許したものの、アウトの3人はいずれも先にカウント2―0と追い込んで、いずれもフォークで凡飛に打ち取った。
試合後は、メジャー初白星がついたフェンテスにウイニングボールをプレゼント。「初めて空気が薄いのを実感しました。ここでゴルフをやったら380ヤードは飛ぶ」。ジョーク交じりの会見は、いかにも佐々木らしかった。
くしくも、この日は1964年にジャイアンツ村上が初登板してから、日本人メジャー投手にとって通算1000試合目となる区切りのマウンドだった。「そうだったんですか。でも、僕はまだ95試合ですね」。日本人が米国で積み上げてきた数字の重みを実感する一方で、メジャー人気に押されがちな日本球界の将来を、人一倍真剣に考えているのが佐々木だった。
佐々木米国の野球に見習うべきことが多いのも事実だし、日本の野球にもいいところはたくさんある。ただ、子供たちが見て、本当にすごいなあと思えるかどうかだと思うんです。
日米両球界で育てられた佐々木にすれば、双方の発展を願う気持ちは、だれよりも強い。
62試合で25Sは依然、シーズン60S以上のハイペース。佐々木は「球宴までに30セーブ」と珍しく目標を挙げた。その球宴(7月10日)まで残り25試合。心身ともに充実している今の佐々木なら、数字の目標など、あえて必要ない。
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